久米あつみ (フランス文学者 元東京女子大学、帝京大学教授) |
道子さんと出会ったのは17歳の夏のこと、女学部YWCAという全国組織の団体の、御殿場における大会においてであった。 私が大学1年を終えようとする2月、思いがけなく函館からの手紙が届いた。体を悪くして静養していた道子さんが回復し、受験のため上京するという。上野の駅まで出迎えに行った私が驚いたのは、駅に降り立った道子さんが挨拶もそこそこに、「私の絵が飾られたから一緒に見て」と、都美術館の方角に歩き出したことである。「え、英文を受ける人が展覧会に出品?」と私は頭が混乱したが、会場で道子さんの水彩画を見たとたん、がんと脳天を打たれたような衝撃を受けた。函館港に停泊する船二、三艘を画面いっぱいに描いた絵は、目の前のきゃしゃな、内気そうなひとの筆になるとは到底思えない、内面から突き上げて来るような一種デモーニッシュな暗さと迫力をもっていた。父上の希望もあっていったんは大学の英文科に入学した道子さんは、その後美大に入り直して本格的な絵の勉強を始めることになった。その絵は、ながいこと暗さ、重さが基調にあって、見る者を深い渕に引きずり込むような力があった。 変化はある年突然やってきた。重く色が重ねられたカンバスの上に晴れやかな中間色が塗られて新しい画面となり、軽やかなリズムの音楽が響くようになった。現在の道子さんの絵を見る人は、軽やかに美しい、豊かな色彩と線を楽しむことであろうが、その軽さがどれほどの苦労をもって勝ち取られたか、苦渋しつつ仕上げられたものであるかを思うものである。 道子さん、ここまで来たからには二人とももう少し長生きして、仕事をつづけようね。 |